sekyasya027-07

松下村塾(松陰神社)

松陰の叔父である玉木文之進が設立した松下村塾 松下村塾(しょうかそんじゅく)は、江戸時代末期(幕末)に長州藩士の吉田松陰が講義した私塾です。長州萩城下の松本村(現在の山口県萩市)に、松陰の叔父である玉木文之進が1842年(天保13年)に設立し、松陰が学んだことで有名です。 私塾として意義ある教育の場に育つ 松下村塾は木造瓦葺き平屋建ての小舎で、当初からあった八畳の一室と、後に杉家の母屋を増築した十畳半の部分からなっています。 1842年(天保13年)に松陰の叔父、玉木文之進が自宅で私塾を開き、松下村塾と名付けました。 ついで松陰の外叔、久保五郎左衛門がその名を継承し、子弟の教育にあたりました。…

sekasya018-01

俵島

。 俵島には行けません 油谷湾の入り口、向津具半島の突端にある小島、「俵島」。 軽自動車1台分がギリギリのボロボロな道路と格闘を続け、やっと抜けた道の先。 あるひとつの看板「×俵島には行けません」。 山口の果ての果て、そこは未開だった 山口の果ての果てをたどり着いた場所からも、遠くに映る俵島。 禁止看板のある位置から眺めると、内陸から島へ行くことの危険をまざまざと感じることができます。 東西南北でまったくの人気のない空間 先をいけば、樹海。 東も西も南も北も、人あらずの地。 街、駅、職場、学校、公園… 普段生活している空間は、必ず人に当たることすら、奇跡に覚える心地でした。 今にも崩れ落ちそう…

sekasya024-011

錦帯橋

珍しい造りから「日本三大奇橋」に数えられる錦帯橋 錦帯橋(きんたいきょう)は、山口県岩国市の錦川に架橋された木造のアーチ橋です。 日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており、名勝に指定されています。 藩政史料には「大橋」と表記されることが多く、「錦帯」という美しい名称は完成後に定着した説が有力とされています。 木造の美しいアーチ形状は鉄の活用術で可能になった 美しいアーチ形状は、木だけでなく、鉄(鋼)の有効活用がなされて初めて実現したものと言われています。 中国の杭州西湖の橋からアイデアを得た 錦帯橋は中国の杭州の西湖にある堤に架かる連なった橋からヒントを得て1673年に創建された。西湖の錦帯橋…

sekasya017-03

角島

本州と島を繋ぐ端正な角島大橋 原典:Transferred from Tsunoshima_Ohashi_Bridge 本州とは海士ヶ瀬戸で隔てられていましたが、2000年に1780mの角島大橋が竣工。 離島へ架けられた一般道路橋としては群を抜く長さで、沖縄県の古宇利大橋に次ぎ全国第2位。 北長門海岸国定公園内に位置することから、橋脚の高さを押さえ、周囲の景観に配慮した構造となっています。 角島のシンボル的存在の灯台 多くの灯台を設計した英国人、リチャード・ヘンリー・ブラントンによる、日本海側では初の洋式灯台。 1876年(明治9年)初点灯。高さ43m、光達18海里。 レンズは日本でも5箇所し…

sekasya004-02

巌流島

関門海峡に浮かぶ島(無人島) 巌流島(がんりゅうじま)は山口県下関市にある、関門海峡に浮かぶ島(無人島)。正式な島の名前は船島(ふなしま)。 宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われたとされることで著名。決闘が行われたとされる当時は豊前小倉藩領の船島であったが、小次郎が「厳流」(「岩流」とも)を名乗ったことから巌流島と呼ばれるようになりました。 かつてはすぐ隣に岩礁があり、難所として恐れられていた。豊臣秀吉も名護屋から帰坂途中にここで乗船が座礁転覆したさい、毛利水軍によって助けられたと言われています。 戦いの面影はなく、穏やかな風土に 荒々しさの名残はありません。 私自身、巌流島に来た瞬間に、かな…